レベル5: 継続して実践している
レベル4: 実践したことがある
レベル3: 知識はある(説明できる)
レベル2: 聞いたことはある(説明はできない)
レベル1: 聞いたことがない(全く知らない)
2019年5月14日火曜日
「実践度」の5段階
2014年1月26日日曜日
アフォーダンスの力
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| 意図通りに置いてくれない事実を見つめる |
2012年2月12日日曜日
大正昭和初期の考現学(モデルノロギオ)にエスノグラフィーの本質を見た
大正から昭和にかけて活躍された、今 和次郎(こん わじろう)氏の「採集講義展」に行ってきた。これが素晴らしく面白かった。
今氏は、建築家でもあり服飾デザイナーでもあるが、そのアイデアの根源は、エスノグラファーとしての活動からもたらされている。日本全国を歩き、民家の様子をスケッチした調査は圧巻である。
一方で、銀座の町を歩く人々を観察し、服装の分布、ひげの形やタバコの消し方、また「モダンガールの散歩コース」の観察、「2時間歩いて出会った犬の数と種類」など、目の付けどころがユニークであり、微笑ましくもある。
それらの観察結果を、手書きで表やグラフにまとめているのだが、その表現方法がすばらしくわかりやすい。しかもデータの集計なのに、イラストや手書きの文字に、暖かみさえ感じる。思わず、そのデータを詳細に読みたくなってしまうのだ。
いったいこれはどうしたことだろう。
デジカメも、ICレコーダーも、エクセルも、パワーポイントもない時代の調査結果が活き活きと表現され、見るものに深い関心を持たせることに成功している。
ペンとノートと「観察眼」さえあれば、エスノグラフィーは可能であり、ITツールは「あれば便利な補助ツール」でしかない、という事実を改めて認識させられる。
よい観察ができないとしたら、それはデジカメの画素数が足りないからではない。録音した音声が聞き取れないからではない。エクセルがよく落ちるからではない。
「観察眼」が足りないのだ。
テクノロジーの進歩で、昔はできなかったことができるようになってきたことは事実だと思う。一方で、昔はできていたことを、「テクノロジーが代行してくれる」という錯覚のもとにやらなくなってしまい、次第にできなくなってしまったのではないだろうか。
身体性をともなう行為、すなわち、自分の五感を駆使して得た生情報を大切にしたい。手当り次第に写真を撮ったり、全てを録音したりすることに気を取られて、自分自身が「その場で感じる」という行為をおろそかにしてしまうと、本質が見えなくなってしまうだろう。
参考文献:今和次郎 採集講義
参考文献:今和次郎 考現学入門
2010年10月28日木曜日
デザインの力でコストを下げる
同様の機能をもつ他の製品に比べて、
値段がやや高いと感じることがある。
「いいデザインは付加価値なので、高く値段をつける」
ということなのだろうか。
これと逆のこと、
すなわち、いいデザインと感じさせながらも、
手頃な価格を実現することもできるのではないか。
デザインという行為を、
製品開発の最終工程での「お化粧」としてとらえてしまうと、
コスト増につながりやすい。
一方で、製品開発のプロセスの初期段階から、
「顧客にとっての価値を発見すること」を、
デザイン行為と捉え直すことが大切だと感じる。
顧客にとっての価値が、開発の初期段階から発見できていれば、
その価値の実現に注力することができ、
お化粧的な旧来のデザイン行為を、
本質的でないステップとして、そぎ落とすことができるかもしれない。
それは、結果としてコスト削減につながるだろう。
「いいデザインは、高くて当然」という認識のままでいると
そのいいデザインが普及せず、
消費者と供給者の双方が損をしてしまう。
いいデザインというものは、
魅力的な機能を有しているだけでなく、
無駄を排しているものだと思う。
コスト削減にもつながる、本質的なデザインが、
求められる時代になってきているのではないだろうか。
そのデザインは、価値生み出しているのか、それとも飾り付けなのだろうか。
2010年10月20日水曜日
創造力と想像力
創造力(creativity)
の重要性は、常に意識されることだと思う。
一方で、日本語では同じ読み方になる
想像力、すなわちimaginationも、
creativityと同様に、重要なのではないか。
この「想像」という言葉は、日本語では、
ネガティブな意味で使われることがある。
「想像の話じゃなくて、現実味のある話をしてくれないか?」
という感じで。
しかし、創造(creation)という行為は、
想像(imagination)を形にする行為に他ならないのではないかと思う。
imaginationが形をともなったとき、
それは「想像の産物」でなく、
現実の価値を表すものとなるだろう。
imaginationの豊かさが、
creativityの能力と大いに関係しているはずだ。
創造力の低下をなげく前に、
想像力が発揮できているかを気にかけておきたいと思う。
2010年10月19日火曜日
自分の想像力の範囲を超える方法
どのようなプロセスでデザインしていくだろうか?
以下のような感じで考えることが多いかもしれない。
Step 1. 対象となる子供の年齢の範囲を設定し、その子供たちの手の大きさの平均値を調べる
Step 2. 大人の手の大きさの平均値を調べる
Step 3. 大人用の歯ブラシを、子供用の大きさに合わせて縮小する
このようなやり方は、論理的には正しく見える。
ここで、実際に子供が歯磨きをしているところを観察してみるとどうなるだろう。
観察してみると、子供は大人ほど手先が器用でなく、
歯ブラシをわしづかみにして磨いている様子を発見できるかもしれない。
そのとき、
「子供サイズの歯ブラシは、わしづかみするには細すぎる」
ということに気づけるだろう。
そして、「子供が握りやすい歯ブラシのグリップ」というテーマが見つかり、
「大人用より太いほうがいいんじゃないか?」というアイデアにつながっていく。
先ほどの、論理的に正しいはずのやり方と、逆の結論が得られるのだ。
自分の想像力の範囲では、
「子供用は小さくする」というあたりまえの発想から抜け出すことは難しいが、
観察によって現実を知ることで、
自己の想像力の範囲を簡単に超えられることがある。
IDEOなどのデザインファームが、観察の大切さを主張するのは、
こんなところに理由があるのだと思う。
参考: 発想する会社! ― 世界最高のデザイン・ファームIDEOに学ぶイノベーションの技法
2010年10月15日金曜日
未知のアフォーダンスを発見する
雨の日、傘立てのないスーパーの入り口。傘置き場として完璧な場所。これよりエレガントな傘立て・傘置き場をデザインしたいものだ。
関連項目:アフォーダンスの力
2010年10月14日木曜日
内面の美しさが外観に現れる
美しいと感じるものは、
その内面の美しさが滲みだしてきたのだ、
と思うことがある。
「外観は、内面の表れである」という考え方は、
多くの場合に当てはまる、という印象。
本当の美しさは、中身がないと表現できないのではないだろうか。
「機能美」という言葉がある。
目的を達成するための機能が実現されたとき、
そこに美しさが宿る。
ある目的のための機能を実現する手段は、おそらくたくさんある。
その手段のうち、余計な飾りが取り除かれ、本質がデザインされたとき、
美しいと感じるのだろう。
ゴルフクラブは、その設計思想が、美しさに現れやすい工業製品の一つであろう。構えたときに、「これならうまく打てる」という感覚を与えてくれるクラブは、そのスペックだけでは語れない美しさを持っている。
2010年10月13日水曜日
その行為はデザインだろうか?装飾だろうか?
一つの考え方として、「装飾は、加えること」、「デザインは、余計なものを引いていくこと」、といえるかもしれない。
素材に対して、飾りを加えていくことで、楽しさ、美しさを演出することが、装飾ということだとしたら、デザインというのは、混沌とした現実から本質を見つけ出し、不要なものをそぎ落としていくという行為、と捉えてみたくなる。
なにかを加えたくなったとき、ほんとうにそれは必要なのかどうかを考えることが、デザインという行為の大切なステップなのではないかと思う。そしてその結果、加える代わりに、そぎ落とした方が魅力的になる、ということにたどり着くことがあるかもしれない。
2010年1月18日月曜日
アイデアの歩留まり
生産現場などでよく使われる言葉だと思います。
辞書をひいてみると、
「加工に際し、使用原料に対する製品の出来高の割合(大辞林)」
とあります。
不良品を少なくすることを、「歩留まりを上げる」と
言うことも、よくありますよね。
ところで、
製造業の品質の高さが、これまで日本の強みの一つであったのだと思いますが、
これは、「歩留まりを極限まで上げて行こう」というアプローチが、
功を奏してきたのだと思います。
「歩留まりを上げよう、品質を上げよう」というメッセージは、
疑いの余地のない、否定できない考え方のように思えます。
この考え方を、愚直に実行してきたからこそ、
工業立国としての日本が、今まで成り立ってきたのかもしれません。
しかし、企業の中の仕事を見渡してみたときに、
今、多くの企業が、
「新しい価値作り」がなかなかできない、
という課題に直面しているのではないでしょうか。
この、新しい価値作りというフェーズで、
もし、「歩留まり第一、品質第一」という価値観が、
組織を支配してしまったとしたら、
はたして、新しい価値が生み出せるかどうか。
光るアイデアを出せる人・組織は、
その何倍・何十倍もの、
光らなかったアイデアを出しているものです。
価値のモトとなる「新しいアイデアの歩留まり」という表現があるとすれば、
その歩留まりは、とても低い、という認識が、
まずは必要かもしれません。
低い歩留まりに対抗するには、
「数多くのアイデアを出す」こと、
それらのアイデアをバカにしないこと、
足りない部分を、補い合うこと、
そして、
つねにポジティブに向き合うことが、
大切なのではないか、とおもう今日この頃です。
2009年7月20日月曜日
Less but Better
- 良いデザインとは、革新である
- 良いデザインとは、実用をもたらす
- 良いデザインとは、美的である
- 良いデザインとは、理解をもたらす
- 良いデザインとは、謙虚である
- 良いデザインとは、誠実である
- 良いデザインとは、長命である
- 良いデザインとは、最終的にディテールへと帰結する
- 良いデザインとは、環境への配慮とともにある
- 良いデザインとは、可能なかぎりデザインを抑制する
2009年7月4日土曜日
「期待」をデザインする
もう一つインスピレーションを得たこと、
それが、
「期待」をデザインする
ということでした。
広告や宣伝などのプロモーション手段は、
ある意味、期待をデザインしているのだと思います。
その上で考えるべきことは、
どんな期待を、どんなレベルでデザインするか、
ということかもしれません。
期待を高めすぎると、
後でがっかりさせてしまうかもしれません。
しかし、期待をさせなければ、
そもそも振り向いてもらえない。
このジレンマを解消することが、
期待をデザインすることの、本質かな、
と思います。
マーケティング論の、AIDMA理論や、
マズローの、欲求5段階説も、
からんできそうです。
そして、この「期待のデザイン」は、
「経験デザイン」の中の、
重要な要素になる、と思います。
なかなかチャレンジングで、
面白そうなテーマです。
2009年4月8日水曜日
反省が学びにつながる
茂木健一郎さんが、
「反省することが、学びにつながる、ということが、
脳科学的にわかってきた」
とおっしゃっていて、ほほーと思いました。
「ポジティブ思考」が流行っている現代社会で、
「反省とはネガティブ思考だからおやめなさい」
という論調を見かけますが、
この、「反省しなくていい」と聞こえる主張に、
私自身は疑問を感じていました。
反省するということは、
実際に起きた残念な結果と、
想定していたよい結果を比較することなので、
「今回のやり方ではうまくいかなかったから、
次回はちがうやり方でやってみよう」
という考え方になれば、それは学びと言えるのだと
思います。
反省しないという、表層的なポジティブ思考になってしまうと、
失敗した理由を深く自覚しないまま、
次々と新しいことにチャレンジすることになり、
時にはうまくいくこともあるでしょうが、
同じ失敗を繰り返すことになり、
本質的には成長していない、ということにも
なりかねない気がします。
一方で、
反省だけに終わって、次のアクションにつながらない
ということも、結構あるのではないかと思います。
強烈な失敗を経験すると、チャレンジそのものを
やりたくなくなるものです。
「反省しないでチャレンジを繰り返す」
「反省だけで次への行動がない」
この、両極端な態度は、結構身近にもあったりしますよね。
反省という行為を、高質な内省ととらえて、
それを自己の成長・学びとして、つぎへのチャレンジに活かす、
そんなサイクルを回せたらいいのかな、と思いました。
追記:
「反省」でなく「後悔」が、放送で言っていたことでした。
若干意味が違ってきますね。
「自分の選択に反映される価値観や世界観を反省し、
考え方を変えるきっかけにもなるわけです。」
とも茂木さんがおっしゃっているので、
お許しください(^^;)
2009年4月7日火曜日
「お客さまのため」とはどういうことなのか
日々、企業努力は続けられています。
「かけ声だけで、実際のところは...」という悩みがあることも、
また事実だと思います。
なにか、お客さまにとって価値のあるモノを作ろうとしたときに、
"User-Centered"や"Human-Centered"という考え方を取り入れて、
「お客さまのためになるモノ」を考えたりします。
そのとき、「お客さまのためになるって、どういうことだろう」
と思うことがあります。
「お客さまの要望に応える」ということは、
広い意味ではその通りなのだと思いますが、
要望に直接応えることが、長期的に見ると、
かえってお客さまの利益を損なうことになる、
ということもあるのではないでしょうか。
例えば、「楽に移動したい」という要望に対して、
「おまかせください。このボタンを押すだけで、
目的地まで、なにもしなくて結構です」
という解決策が、お客様のためになっているのかどうか。
確かに、楽に移動できて、要望を満たしていますが、
体を動かさなくても移動できるという機能が、
長期的に見ると、体の機能・能力を退化させるという
結果を生み出すかもしれません。
「身体的に楽をする機能」を日常的に享受しながら、
ダイエットのために、お金を払って体を動かしに行く、
ということが、現代社会ではすでに起こっていますよね。
「お客さまのため」とはどういうことなのか、
考え続けていく必要がありそうです。
2009年3月18日水曜日
ニーズの前に「困りごと」を捉える
商品やサービスを提供しようとする私たちにとって、
常に探求すべき課題だと思います。
顧客ニーズを捉えることが、とても大事なことというのは、
誰でも「そりゃそうだ」と言うことだと思います。
一方で、お客さまに「なにが欲しいですか」と単純に問いかけても、
即座にいい答えを得られるわけではないですよね。
顧客ニーズを捉えたい、というときに、
「ニーズは?ニーズは?」というところにとらわれ過ぎると、
とても実現できそうにない話や、あまり儲かりそうにもない話に
陥ってしまい、途方にくれてしまうかもしれません。
そんなときは、ニーズというものに直接たどりつこうと急がずに、
まずは、
「お客さまは、なにに困っているのか?」
という視点で、顧客と対話してみることが大切かもしれません。
ニーズを表す言葉の裏には、
困りごと、抱えている課題があるはずです。
そこをしっかり捉える事が大切ではないでしょうか。
困りごと・課題を捉え、それを深堀りすることで、
本質的なニーズを発見し、
それを解決するためのベストな手段が、
見えてくるのかもしれませんね。
2009年2月10日火曜日
美しいものを観る習慣
見る自分のほうに心の余裕がないと、美しいものを見ても見落としてしまったり、美しさを感じることができなかったりする。
感性というものは、見るもの、聞く言葉、あるいは食べるものなど、日頃触れているものによって、磨かれていくのだろう。
美しさに限らず、自分をポジティブにしてくれる何かに触れようとする習慣が大切に思える。
そう心がけていると、とくになにもないと思っていた日常にも、新たな発見ができるようなセンスを育てることができるかもしれない。
2009年1月29日木曜日
創造力と想像力
2009年1月24日土曜日
IDEOのHCDツールキットが公開されています
http://www.ideo.com/work/featured/human-centered-design-toolkit/
DESIGN TEAM VERSIONと、FACILITATOR VERSIONの2つに分かれていますが、FACILITATOR VERSIONは、DESIGN TEAM VERSIONの内容に、各ステップの時間配分や難易度などの注意書きが追加されているものになっていますので、ダウンロードするときは、FACILITATOR VERSIONだけでいいかもしれません。
IDEOのCEOであるTim Brownのブログを読んでみると、このプロジェクトは、Bill & Melinda Gates Foundation(ビルゲイツと奥さんが運営している財団)の支援を受けているようです。
ツールキットの中身も参考になりますが、全体の構成や見せ方なども勉強になりそうです。HCDのプロセスを、HEAR → CREATE → DELIVERという3ステップで構成しています。
Human
Centered
Design
と
HEAR
CREATE
DELIVER
の両方の頭文字が、HCDとなっているのが面白いですね。
参考文献:イノベーションの達人!
2009年1月23日金曜日
外部からの刺激で暗黙知が表出化する
もう10年以上前に発表された、知識創造プロセスの考え方は、
知識を、暗黙知と形式知に分けて考えることで、
はじめて見えてくる知識の獲得プロセスが、
見事に説明されています。
語ること、表現することが難しい、
身体知とでもいうべき暗黙知に注目することで、
創造的な行動のありかたをモデル化したと
いえるかもしれません。
暗黙知を、形式知として表現しようとする行動を、
野中先生の理論では、表出化"Externalization"という
モードで説明していますが、
この表出化という行動は、外部からの刺激によって
促されるという実感を、日々感じています。
頭の中にある知識は、外からの刺激、
例えば、
仕事仲間からの問いかけであったり、
雑誌の記事であったり、
あるいは、
街の雰囲気であったり、
など、
自らを取り巻く環境からの刺激によって、
言葉や絵・図として、頭の中から取り出しやすくなる
という気がします。
静かで集中できる環境に身を置いたとき、
意外とモノが書けなかったりするのは、
このような理由によるものかもしれません。
参考文献:知識創造企業
2009年1月22日木曜日
「試しにつくる」ことの大切さ
新しいことへのチャレンジを行うときには、
とても大切なプロセスだと思います。
「試作」や「プロトタイピング」、あるいは、
「模型づくり」、「モックアップ」という言葉で
表現されることが多いと思いますが、
デザイン・建築・工業製品の開発などの世界では、
通常よくやられていることだと思います。
平面に描かれたスケッチや設計図を、
立体として試作してみることで、
思わぬ設計上の齟齬(そご)が発見できたり、
作って手にとってみることで、
新たなアイデアが発想できたりすることがあります。
このようなモノづくりのプロセスだけでなく、
「コトづくり」についても、
「試してみる」ことは、重要なプロセスではないか
と、同時に思ったりします。
私の仕事の中で、組織変革プログラムのデザインと
その組織浸透を行うことがあるのですが、
これは、「コトづくり」といえるかもしれません。
今までと違うやり方、考え方に、組織を変えていく、
これは、非常に難しい仕事です。
トップの方に、その新しいやり方、考え方に
賛同していただけた場合、「よし!すぐに全社展開だ!」
と言っていただくこともあるのですが、
その場合は、「まずは試しに、小さな単位で始めませんか?」
と問いかけるのが、私たちの仕事になります。
小さな単位(少人数)での「試し実践」の中で、
自組織にとって、やりやすい方法をみつけながら、
少しずつ単位を広げていく、
はじめから大きな単位で始めると、
混乱と反発だけが残るのではないでしょうか。
「試してみる」ことを実践するときの一つのポイントは、
「素早く」試すこと、だと思います。
素早く試して、軌道修正、この繰り返しのサイクルを
何度も回してみる。
これが、よい方向に進んでいくための、
最も早い方法ではないでしょうか。
参考文献:発想する会社!




