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2018年12月30日日曜日

万年筆を使う理由

週末、自宅や図書館でメモをとるときに万年筆を使っている。10年ほど前にこの万年筆を購入してから、なんとなく使い続けている感じだ。

気がつくと何週間も使わないこともあり、ふと使おうとしたときにインクが固まって書けないこともしばしばだが、そのたびに水洗いしてインクを入れ直し、また使ってみるということを繰り返している。

効率が悪いといえばそうだが、大事にしたいのは効率ではない。ペン先から描き出されるくっきりとした色の線や、インクのほのかな匂いを含めた、おおげさに言えば筆記体験を大事にしたいということなのだろうと思う。

これまで使っていたものが、ペン先の部分がややぐらつくようになってきて、そのうち修理をお願いしようかと思い始めていたので、もう一本くらい持っていてもいいかなと思い、銀座のITOYAでいろいろ見てみたところ、リーズナブルな価格でしっくりきそうな一本に出会った。LAMYのsafariという製品で、all blackという限定色らしい。高級品ではないのだが、ペン先まで黒く塗装されていて落ち着いた雰囲気がある。ボディはプラスチック製なので、かなり軽い。万年筆としては軽すぎるかもしれないが、強くなりがちな筆圧を抑える効果はありそうだ。

LAMY safari all black

2014年5月18日日曜日

一瞬の輝き

エレベーターのドアが開いた時、いつもは薄暗いホールに光が差し込んでいた。となりの建物の外壁とは1メートルも離れていないけれど、太陽の光がこの瞬間だけ、壁の間を貫くように照らしたようだ。

この写真を撮ったあと、光は潮が引くように去っていき、いつもの薄暗さに戻っていった。

一瞬差し込んだ光に照らされる

2013年10月26日土曜日

視覚で重さを感じる

手持ちのiPhoneをiOS7にアップデートしたときに、そのシンプルな画面に好印象をもつと同時に、面白い身体感覚を経験した。

iPhoneでロック画面を解除するときは、画面下部に表示されている「スライドでロック解除」という部分を右方向にスワイプする。このやり方は、iOS7以前でも同じだ。ただ、iOS7では、スワイプすると画面全体が右にスクロールして、パスコードを入力するためのテンキー画面が表示されるようになった。

以前は、角丸四角のスライダーアイコンだけが右にスクロールしていたが、画面全体が動くようになったら、指でスワイプするときに以前より「重く」感じるようになった。物理的になにも変わっていないが、画面全体が動くという視覚効果によって、重く感じるようだ。

視覚効果だけで重さを感じられるとしたら、UIの作り込み方の幅も広がるかもしれない。

2013年8月19日月曜日

デジタルサイネージに表示してほしいもの

デジタルサイネージ(digital signage 電子看板)を駅や街頭で見かけるようになってきたが、その多くは広告を表示しているようだ。品川駅の高輪口から港南口へ抜ける通路の柱にはデジタルサイネージが連なっており、初めて見たときは圧倒された。

ところが、そこに何の広告が表示されていたかを思い出すことができない。「圧倒的な迫力」という感覚だけは残るが、そのコンテンツまで意識が及ばないという感じだ。見ている間に表示内容が次々と変わっていくことも、その理由かもしれない。記憶に残るためには、迫力よりもそのとき必要だと思う役に立つ情報や、いつ見ても同じ情報(例えば何年も同じ場所に掲示してある老舗和菓子店の広告とか)が表示されていることが重要なのだろう。

先日、福岡の太宰府を訪れた際に乗り換えた西鉄二日市駅のホームで、下の写真のような行き先表示板を見かけた。駅の行き先表示板といえば、天井からつり下げられた横長の表示板をよく見かけるが、こちらはホームの中央で目の高さに設置してあった。これがとても見やすく感じた。慣れない駅で、乗り換えホームの場所を分かりやすく示してくれている。

今欲しい情報を目の高さで。

内容が広告であっても、見る人にとってそれがタイムリーで見やすいものであれば、広告の効果は高まるだろう。最近は、コーヒーショップなどの店先で、黒板のメニュー代わりに小型のデジタルサイネージで写真入りのメニューを表示している場所も見かける。「この店にしようかどうか」という人にとって、それはじっくり見る対象となりえる。

西鉄二日市駅のデジタルサイネージ(電光掲示板と呼んだほうがいいかもしれない)

2013年5月5日日曜日

美術館で受ける刺激

考えるのではなく、感じる。それを意識させてくれる場所として、美術館に行く。

芸術作品に触れるとき、それを頭で理解しようとすると「わからない」という感想になってしまうことが多い。現代アートを見る時は特にそうだ。

なんだこれ?

という言葉が頭に浮かぶ。

そんな言葉が浮かんできてからが、鑑賞のはじまりだ。「役に立つか立たないか」という発想から、自分が抜け出すことができるかどうか。

作者がこれを創った動機はなにか?

そこに思いを馳せてみる。そうすると、想像力が目を覚まし、さまざまな思いが駆け巡るようになる。

そこにあるモノにとらわれるのではなく、それを創ったヒトに意識を向けてみる、と言ってもいい。

まあ、妙な理屈を付けて、無理して解説しようとする必要もない。なにかひとつでも気づきがあれば、それを見た価値がある。

東京都現代美術館

2012年2月12日日曜日

大正昭和初期の考現学(モデルノロギオ)にエスノグラフィーの本質を見た


大正から昭和にかけて活躍された、今 和次郎(こん わじろう)氏の「採集講義展」に行ってきた。これが素晴らしく面白かった。

今氏は、建築家でもあり服飾デザイナーでもあるが、そのアイデアの根源は、エスノグラファーとしての活動からもたらされている。日本全国を歩き、民家の様子をスケッチした調査は圧巻である。

一方で、銀座の町を歩く人々を観察し、服装の分布、ひげの形やタバコの消し方、また「モダンガールの散歩コース」の観察、「2時間歩いて出会った犬の数と種類」など、目の付けどころがユニークであり、微笑ましくもある。

それらの観察結果を、手書きで表やグラフにまとめているのだが、その表現方法がすばらしくわかりやすい。しかもデータの集計なのに、イラストや手書きの文字に、暖かみさえ感じる。思わず、そのデータを詳細に読みたくなってしまうのだ。

いったいこれはどうしたことだろう。

デジカメも、ICレコーダーも、エクセルも、パワーポイントもない時代の調査結果が活き活きと表現され、見るものに深い関心を持たせることに成功している。

ペンとノートと「観察眼」さえあれば、エスノグラフィーは可能であり、ITツールは「あれば便利な補助ツール」でしかない、という事実を改めて認識させられる。

よい観察ができないとしたら、それはデジカメの画素数が足りないからではない。録音した音声が聞き取れないからではない。エクセルがよく落ちるからではない。

「観察眼」が足りないのだ。

テクノロジーの進歩で、昔はできなかったことができるようになってきたことは事実だと思う。一方で、昔はできていたことを、「テクノロジーが代行してくれる」という錯覚のもとにやらなくなってしまい、次第にできなくなってしまったのではないだろうか。

身体性をともなう行為、すなわち、自分の五感を駆使して得た生情報を大切にしたい。手当り次第に写真を撮ったり、全てを録音したりすることに気を取られて、自分自身が「その場で感じる」という行為をおろそかにしてしまうと、本質が見えなくなってしまうだろう。

参考文献:今和次郎 採集講義
参考文献:今和次郎 考現学入門

2010年10月20日水曜日

創造力と想像力

新しい価値を生み出そうとするとき、

創造力(creativity)

の重要性は、常に意識されることだと思う。

一方で、日本語では同じ読み方になる

想像力、すなわちimaginationも、

creativityと同様に、重要なのではないか。

この「想像」という言葉は、日本語では、
ネガティブな意味で使われることがある。

「想像の話じゃなくて、現実味のある話をしてくれないか?」

という感じで。

しかし、創造(creation)という行為は、
想像(imagination)を形にする行為に他ならないのではないかと思う。

imaginationが形をともなったとき、
それは「想像の産物」でなく、
現実の価値を表すものとなるだろう。

imaginationの豊かさが、
creativityの能力と大いに関係しているはずだ。

創造力の低下をなげく前に、
想像力が発揮できているかを気にかけておきたいと思う。

2010年10月19日火曜日

自分の想像力の範囲を超える方法

例えば、「子供用の歯ブラシをデザインする」というテーマが与えられたとしたら、
どのようなプロセスでデザインしていくだろうか?
以下のような感じで考えることが多いかもしれない。

Step 1. 対象となる子供の年齢の範囲を設定し、その子供たちの手の大きさの平均値を調べる
Step 2. 大人の手の大きさの平均値を調べる
Step 3. 大人用の歯ブラシを、子供用の大きさに合わせて縮小する

このようなやり方は、論理的には正しく見える。

ここで、実際に子供が歯磨きをしているところを観察してみるとどうなるだろう。

観察してみると、子供は大人ほど手先が器用でなく、
歯ブラシをわしづかみにして磨いている様子を発見できるかもしれない。

そのとき、

「子供サイズの歯ブラシは、わしづかみするには細すぎる」

ということに気づけるだろう。
そして、「子供が握りやすい歯ブラシのグリップ」というテーマが見つかり、

「大人用より太いほうがいいんじゃないか?」というアイデアにつながっていく。

先ほどの、論理的に正しいはずのやり方と、逆の結論が得られるのだ。

自分の想像力の範囲では、
「子供用は小さくする」というあたりまえの発想から抜け出すことは難しいが、
観察によって現実を知ることで、
自己の想像力の範囲を簡単に超えられることがある。

IDEOなどのデザインファームが、観察の大切さを主張するのは、
こんなところに理由があるのだと思う。

参考: 発想する会社! ― 世界最高のデザイン・ファームIDEOに学ぶイノベーションの技法

2010年10月14日木曜日

内面の美しさが外観に現れる

その対象がなんであれ、
美しいと感じるものは、
その内面の美しさが滲みだしてきたのだ、
と思うことがある。

「外観は、内面の表れである」という考え方は、
多くの場合に当てはまる、という印象。

本当の美しさは、中身がないと表現できないのではないだろうか。

「機能美」という言葉がある。
目的を達成するための機能が実現されたとき、
そこに美しさが宿る。

ある目的のための機能を実現する手段は、おそらくたくさんある。
その手段のうち、余計な飾りが取り除かれ、本質がデザインされたとき、
美しいと感じるのだろう。
ゴルフクラブは、その設計思想が、美しさに現れやすい工業製品の一つであろう。構えたときに、「これならうまく打てる」という感覚を与えてくれるクラブは、そのスペックだけでは語れない美しさを持っている。

2010年10月3日日曜日

HIS MASTER'S VOICE

蓄音機に耳を傾ける犬。
ビクターのマスコットキャラクターとして有名だけれど、
この絵のタイトルが、また最高にセンスがよろしい。

"HIS MASTER'S VOICE"

It's cool!

2009年11月30日月曜日

雲のコレクターになる方法

先日、日経新聞の週末版で、
小説家の片岡義男さんが、いくつか本を紹介していました。

その中の一つの、The Cloud Collector's Handbookという本を、
購入してみました。

雲の種類として、数十種類が紹介されており、
各雲の紹介ページには、自分でその雲を見つけたときに、
日付や場所をメモする欄が設けてあります。

ちょうどこの本が届いたとき、NHKの番組で、
"Morning  Glory"という、オーストラリアで良く見られる雲を紹介する
番組を放送しており、さっそくこの本で探してみたところ、
66-67ページに、"Roll Cloud"という種類として載っていました。

ページをパラパラめくってみると、いろんな雲があるものだなーと、
感心してしまいます。

空を眺めるときの楽しみが、少し増えそうです。

2009年7月20日月曜日

Less but Better

ドイツの家電メーカーであるブラウンのデザイナーを努めていた、ディーター・ラムスの作品展を、府中市美術館に見に行ってきた。最終日ということもあって、美術館は盛況だった。

展示されていたものは、1950年代以降のブラウンの家電製品で、そのどれもが「今欲しい」と思わせるものばかりだった。私が高校生の頃、初めて買ったシェーバーが展示してあったりして、なんともなつかしい気分にもなった。

それらのデザインは、一言で言うと、

クリーンである

ということかもしれない。
単にシンプルというだけでなく、

機能をデザインしている

という意志が伝わってくる。

川崎和男さんも常々おっしゃっていることだが、デザインと装飾の違いをよくわきまえていて、気持ちがいい。

ラムスの時代は、家電製品はアナログ技術の時代だった。アナログ技術には、「必然の形態」というものがある。

「ラジオを聴く機械は、こうでなければならない」
「レコードを聴く機械は、こうでなければならない」

という必然性が。

その必然性をしっかり受け止め、クリーンなデザインに落とし込んでいるのが、当時のブラウンの製品かもしれない。

デジタル時代の今、デザインの自由度は大きく増している。アナログ時代にあった機能上の形の必然性が今はなく、自由にデザインできる幅が広がった。その自由度を、うまく活かせるかどうか、それが今、問われているのかもしれない。

展示の中に、ディーター・ラムスの「良いデザインの10箇条」が書かれていた。

  1. 良いデザインとは、革新である
  2. 良いデザインとは、実用をもたらす
  3. 良いデザインとは、美的である
  4. 良いデザインとは、理解をもたらす
  5. 良いデザインとは、謙虚である
  6. 良いデザインとは、誠実である
  7. 良いデザインとは、長命である
  8. 良いデザインとは、最終的にディテールへと帰結する
  9. 良いデザインとは、環境への配慮とともにある
  10. 良いデザインとは、可能なかぎりデザインを抑制する

これらの10箇条は、

Less but Better

という言葉に、集約されていたように思う。

ドイツの建築家、ミース・ファン・デル・ローエは、

Less is more

という格言を残したが、moreをbetterと言い換えたラムスの言葉は、家電メーカーであるブラウン、すなわち、ビジネス上の責任を担っている企業のデザインを率いていたからこその、名言であると思う。

2009年7月1日水曜日

シャッターチャンスを撮影後に発見する

以前の銀塩フィルムの時代では、
「ここぞ」というシャッターチャンスを意識しながら、
フィルムを大事に使っていたものですが、

デジタルカメラが普及した現在、
フィルム代を気にせず、
いつでも気軽に写真撮影ができるようになりました。

先日、某美術大学で、先生たちと雑談をしていたとき、
カメラの話題になったのですが、
そこで、あることにふと気づきました。

私の場合、
デジカメで、どんどんパシャパシャ撮影をして、
iPhotoに取り込んだ後で、「あ、これいい!」
という具合にしているなと。

これは、
「デジカメの世界では、シャッターチャンスを撮影後に発見している」
と言えるかもしれません。

おそらく、プロカメラマンは、以前から、
大量に写真を撮って、後で選ぶという作業をやっていたのだと思います。

デジカメになって、その作業を、一般の人間もできるようになった、
ということかもしれません。

「ハイ、チーズ」とか、「いちたすいちはに〜」など、
撮影の合図として今でもよく耳にしますが、
これは、大切なフィルムを無駄使いしないように、
シャッターチャンスを意図的に作るための作法だったのだと思います。

デジカメでも、「ハイ、チーズ」は有効だと思いますが、
いい表情は、ハイチーズのかけ声の「前後」に現れるものです。

気兼ねなく何枚でも撮れるデジカメでは、
その辺の表情を捉えられるように写したい、と思っています。

2009年4月12日日曜日

惹かれ合う感性

先日、NHKのBS放送で、
ニューヨークにあるチェルシーホテル(Hotel Chelsea)の紹介をしていました。

このホテルは、通常の短期滞在もできますが、
支配人に気に入られたアーティストなら、
長期滞在が可能で、中には10年20年も住んでいる人もいる
ということでした。

以前は、マーク・トウェイン、ボブ・ディラン、ジミ・ヘンドリクスなどの
著名人が住んでいたそうです。

長期滞在しているアーティストの部屋の中は、
まるで自宅のように、自由に飾り付けられており、
ペンキで壁を塗り替えてしまったりしてもOKなのだそうです。

住人の一人のインタビューで、
「ここでは、多少エキセントリックでも、誰も気にしない。」
というコメントがありました。

通常の社会の中では、異端視されてしまうアーティストにとって、
このホテルは、受け入れてくれる居場所として
心地よいのかもしれません。

感性豊かな人々は、
通常の社会の中での居心地の悪さを感じ、
一つの場所に、惹かれ合うように集まってくるのでしょうか。

「創造的な人は、たいていエキセントリックだ」
「トラブルが起きたとき、それを処理するのも
ホテルの業務のうちさ」
と、ホテルの支配人は語っています。

創造性を発揮させる環境には、
このような、どっしりかまえた親分が
必要なのかもしれませんね。

http://www.hotelchelsea.com/

2009年3月24日火曜日

思考習慣を意識してみる

学習でも運動でも、繰り返すことで身に付く、
という実感があります。
「継続は力なり」というやつですね。

継続しようと思い立っても、三日坊主で終わってしまうことも
よくありますね。

一方で、特に意識はしていないのに、
知らず知らずのうちに継続していることに、
気がつきます。

何を食べるかという食習慣もそうですし、
どんな服を着るか、買うか、というのもそうかもしれません。

さらに、「どのように考えるか」という、
思考習慣とでもいうべきものも、
あるのではないでしょうか。

なにかが起こった時に、
それをどうとらえ、どう思うか、ということが、
いつも同じパターンであることが多いのではないでしょうか。

このような思考習慣は、日々繰り返されることで、
強固に身についている、といえると思います。

いつも後ろ向きにとらえてしまう習慣があると、
発言も後ろ向きとなり、
「ネガティブな思考回路」を強化していくことに
なるのではないでしょうか。

前向きなとらえ方をする人は、
「ポジティブな思考回路」を、日々強化しているのだと思います。

どんな思考習慣をもっているかは、
発言や、記述する文章に現れるものです。

ノー天気にならない程度に、
ポジティブな思考習慣を身につけたいと思う、
今日この頃です。

p.s.
ネガティブにならないコツを、ある人に教わりました。
それは、
「自分がコントロールできない事に、いちいちとらわれないこと」
だそうです。

2009年3月21日土曜日

鮮やかな緑


太陽の日を浴びて、
若葉が鮮やかに輝いていました。

花粉も目にしみる午後、
東京都庭園美術館の日本庭園にて

2009年2月10日火曜日

美しいものを観る習慣

日常の中で、いろいろなものが目に飛び込んでくるが、その中で美しいと感じるものに出会った時に、とてもうれしく感じる。

見る自分のほうに心の余裕がないと、美しいものを見ても見落としてしまったり、美しさを感じることができなかったりする。

感性というものは、見るもの、聞く言葉、あるいは食べるものなど、日頃触れているものによって、磨かれていくのだろう。

美しさに限らず、自分をポジティブにしてくれる何かに触れようとする習慣が大切に思える。

そう心がけていると、とくになにもないと思っていた日常にも、新たな発見ができるようなセンスを育てることができるかもしれない。